<< 前へ │ 次へ >>
# スピノザ「エティカ」#1 神即自然 スピノザの著作である『エティカ』(倫理学)は、そのタイトルのとおり、倫理学を目的としてかかれたものであるが、実践的な倫理学を基礎付けるための形而上学をまず構築した。 そのため、『エティカ』の半分以上は形而上学や認識論など理論的な哲学の議論に費やされている。 ここにおいて議論は全てが定理・公理・命題・証明の連鎖からなる幾何学的証明手段によって展開される。 そして、その結果、スピノザの哲学は合理主義を徹底することにより実体の概念を明確化し一元論の立場に立ち、これにより、デカルトより始まった合理主義にひとつの解決を与えた。 ### 三つの根本概念 彼の哲学は三つの根本概念に基づいている。実体(substantia)、属性(attributus)、様態(modus)である。 - 実体とは、それ自身において存在し、それ自身によって考えられるもののことである。(定義3) - 属性とは、知性が実体に関してその本質を構成するものとして認識するものである。(定義4)人間が認識可能な実体の属性は精神と物体(延長)である。 - 様態とは、実体の変様、言い換えれば、他のもののうちに存在し、また他のものによって考えられるものの事である。(定義5) ### 実体の定義を厳密に見る スピノザは「エティカ」の定義3においてデカルトの「実体」の定義を厳密に妥協なく継承する。それは、実体とはそれ自体にのみ依存し(in se esse)、そしてそれが存在するためにそれは他の何物も必要としないものである。この定義を厳密に捉えると、例えばペンなどの普段我々に実体であると思われている物も、それが存在するために何かしらに依存していなければならないので実体ではない、ということになる。よって、スピノザによると実体とはどのようなものからも独立し自己充足的な存在でなければならない。また普段我々が実体だと思っているあらゆるものは実体の属性、変態であるとする。 ### 同じ本性を持つ実体は一つである 異なる実体を区別するには、それの属性か様態によってである(定理4)。実体は属性によってのみ区別されるとすると、まったく同じ属性をもつ異なった実体は存在しない(定理5)。また様態はそれ自身で考えられないため(定理1)、その様態は実体に属すかという問題になる。そうなると、結局実体の違いは属性の違いでしか区別できないため、同じ属性を持つ実体は区別不可能であり、そのため同じ実体であり唯一であるといえる。 ### 実体は自己原因(causa sui)である スピノザが実体を定義するにはそれはそれ自体で理解され、またどのような概念にも影響されず、自らを形成するものである。スピノザがここでいっていることは実体は完全にどのようなものからも自立する自己充足的、自己原因的な存在であるということである。「実体とは、それ自身において存在し、それ自身によって考えられるもののことである。言い換えれば、その概念を形成するために他のものの概念を必要としないもののことである」(定義3)。例えば違う属性を持つ異なった実体があるとする。それぞれの属性は共通をもたず、そして「共通なものをもたないものは互いに他の原因になることができない」(定理2)。そのため、実体は`自己原因([羅]causa sui, [英]cause of itself)`であり、またその本質を持つものは必然的に存在している(定義1)。そして、自己原因、存在そのものは永遠であるという(定義8)。 ### 実体は無限である スピノザは次に実体は無限であるということを示す(定理8)。なぜなら、有限は 「同じ本性を持つほかのものによって限定される」(定義2)と定義されるが、同じ本性をもつほかのもの(実体)は存在しないことがすで証明されているからである。 ### 実体は神である 上記により、実体は自己原因、永遠、無限な存在であり、神の定義は「神とは、絶対無限の存在者、いいかえれば、そのおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成りたつ実体である」(定義6)であるため、実体は神と同定される(`実体即神([羅]substantia sive Deus)`)。 ### 神即自然(Deus seu Natura) 結果、神は不可分であり(定理13)、唯一であり(定理14)、永遠であり(定理19)、全てを内包する(定理15)。そして、神が実体として超越的でなく内在的な原因で(定理18)、また存在する万物が自然であるとするならば、神は自然と同一である。この存在をスピノザは`神あるいは自然([羅]Deus seu Natura, [英]God-or-Nature)`(第四部序文)と呼ぶ。つまり、スピノザは実体=神=自然と考え、超越存在としての神(伝統的な西洋の神の概念)を否定し、神はすべてを内包しすべての原因であるという、(東洋思想的な)汎神論(Pantheismus)の立場に立つ。神は自然と切り離しては考えられず、その関係は`能産的自然([羅]natura naturans)`と`所産的自然([羅]natura naturata)`との関係である。 ### まとめ 1. 定義3) 実体とはそれ自体にのみ依存、そしてそれが存在するためにそれは他の何物も必要としないもの - 定理5)この宇宙には同じ性質や属性をもつ実体は二つ存在することはできない。(実体は常に一つである。) - 定理7)実体は存在するということをその本性としている。 - 定理6)実体は他の実体から生み出されることない(自己原因causa sui)。(prop6).(from 5,or 2,3) - 定理8)実体は無限である(from 4,2)(prop8) - 定理13)絶対的に無限な実体は不可分である。(from 5, 11) - 定理14)神をのぞいて何も存在しえない(prop14). - 定理19)神は永遠であり、神の全ての属性は無限である。(prop19) - 定理15)神は全てを包含する(prop15) - 実体は自然と同一である; 実体は神と同一である; よって神は自然と同一で; また実体は神または自然である(God-or-Nature). - 実体(God-or-Nature) は二つの主要な属性(attribute)を持つ: thought and extension. 12. 実体(God-or-Nature) は無限であり、広がりを持ち不可分である; substance is indivisible; it cannot consist parts. --- ## 参考文献 1. 上野修 (著)、『スピノザの世界―神あるいは自然』、講談社、2005 1. 岡崎文明ほか (著)、『西洋哲学史 理性の運命と可能性』、講談社、1997 1. カーリー, E.ほか (著)、『スピノザ『エチカ』を読む』、文化書房博文社、1993 1. シュヴェーグラー (著)・谷川徹三ほか(翻訳)、『西洋哲学史〈上〉』、岩波文庫、1995
First posted 2007/01/19
Last updated 2008/10/05
Last updated 2008/10/05