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# デイヴィドソンの哲学#2 形式言語から自然言語へ デイヴィドソンの真理条件意味論における問題で最初に取り上げるのは、形式言語における理論を自然言語へ応用することは可能かという問題である。つまり、彼は、タルスキの外延的真理論を外延的意味論の構築に利用した。しかし、タルスキのそれは、あくまで人工の形式言語における理論であったのに対し、デイヴィドソンの目的は形式言語よりもはるかに複雑な自然言語における意味論の構築である。このギャップはどのように埋めることができるのだろうか。 ## 論理形式(logical form) この問題に対しデイヴィドソンは、通常の日本語をあれこれ正準的な表記に直す際に現在われわれがうまくやっていることを、可能な限り機械的に行うということである。 『行為文の論理形式』 in [エヴニン p.194]彼は、この引用にもあるように、自然言語を機械的に表記しようとした。このような正準的表記法を「論理形式」を与えるとデイヴィドソンは言う。
ある文の論理形式を与えるということは、諸々の文全体の中でその文がいかなる論理的位置をしめているかを示すこと、つまり、その文はどのような文を含意し、また、どのような文によって含意されるか、ということを明示的に決定するような仕方でその文を記述することにほかならない ibidそして、論理形式を与えるのは、自然言語のいくつかの要素であるが、それらは、ふだん我々が何気なく使用しており、自然言語を形式言語よりも遥かに複雑にしている要素である。それらは、例えば、 1. 指標性(indexicality)、 - 副詞的修飾(adverbial modification)、 - 間接話法(indirect discourse) といったものである。ここでは、後半の二つに対してデイヴィドソンはどのように論理形式を与えたかを概観して見る。
## 副詞的修飾(adverbial modification) 修飾語句はその名のとおり文の飾りであり、文の骨格には影響しない。例えば、「意図的に」、「上品に」、「水中で」、「金曜日に限って」といったものである。例えば、「デボラは、朝、 ブライトンで泳いだ(Deborah swam in the morning at Brighton)」という命題において、「Deborah swam」が文の骨格で「in the morning」と「at Brighton」が修飾語句であることが分かる。そして、これに論理形式を与えるには、この文が含意すると思われるそれぞれ文における「swam」を分析する。そうすると、次のようになる: ||| |:--|:--| |1. Deborah swam.|swam(Deborah)| |2. Deborah swam in the morning.|swam(Deborah, the_morning)| |3. Deborah swam in the morning at Brighton.|swam(Deborah, the_morning, Brighton)| つまり、1のswamは人間(x)が泳いだときに適用される一項述語(swam(x))で、2においては人間(x)がある時間(y)に泳いだ場合に適用される二項述語(swam(x,y))で、3は人間(x)がある時間(y)にある場所(z)で泳いだ場合に適用される三項述語(swam(x,y,z))である。これによって、三つの文の包含関係が明らかになり論理形式が与えられる可能に見える。しかし、swam(Deborah, the morning)からswam(Deborah)の導出は(少なくとも述語論理では)できない。そして、このような規則を導入しようとするとどうしてもアドホックなものになってしまうという。 ### 出来事(イベント)の量化 これに代わる分析のアイディアは、例えば、「Deborah swam in the morning at Brighton」において、それぞれ語は出来事という共通する変数をもち、それが存在量化によって束縛されているというものである。つまり、この文は、「Deborah swam」という出来事と別に「 in the morning」という出来事と「at Brighton」という出来事が存在するとみなす: 1. ∃e[(swam(Deborah, e) & (In (the_morning, e)&(At (Brighton, e)]
デボラが泳いだことであり、かつ、朝に起こったことであり、かつ、ブライトンで起こったことであるような、ある出来事が存在する。 そして、これから次の論理式を推論できる。 2. ∃e(swam(Deborah, e)) これで、先ほどのswam(Deborah, the_morning)からswam(Deborah)を推論することができないという問題は解決されたように見える。 ### 問題点 しかし、エヴニン(pp198-201)によると、このように文を外延的に分析して、連言でつながっているものとすると様々な問題がある。例えば、「意図的に」や「図らずも」などの内包的副詞句に関しては、デイヴィドソンの分析では対処できない。「オイディプスはイオカステと意図的に結婚した」は真であり、「オイディプスはイオカステと結婚した出来事があった」&「意図的な出来事があった」に分離することができ、「イオカステ」と「オイディプスの母親」は外延的に一致するため交換することができるが、「オイディプスはオイディプスの母親[自分の母親]と意図的に結婚した」は偽である。また、「限定形容詞」などにおいても問題があり、このような問題に対しデイヴィドソンの意味論は不完全である。
## 間接話法(indirect discourse) 間接話法とは次のようなものである:
(G) Galileo said that the earth moves.このような話法における問題点は、前回見た(M)の時と同じ内包的文脈であるという点である。つまり、これがもし外延的な表現であるならば、真理値が同じ表現に交換しても文全体の真理値は変わらないはずである。しかし、「the earth」を同じ真理値(外延)をもつ「the third planet from the sun」に代えると「Galileo said that the third planet from the sun moves」となり、ガリレオの地球の太陽からの位置に対する信念によって文の真理値が変化するからである。 ### ・同じことを言う(same-saying) デイヴィドソンはこれを外延文脈と解釈する方法として、「同じことを言う」という概念を導入する。それによると、私が(G)を発言するとき、次のことを言っている:
Galileo uttered a sentence that meant in his mouth that what “The earth moves” means now in mine.「不格好なパラフレーズの下にある着想は、同じことを言う(same-saying)ということである。すなわち、ガリレオは地球が動くといった、と私が言う場合、私はガリレオと私自身とを同じことを言うもの(same-sayer)として表しているのである」(「真理と解釈」p89)。 つまり、「Galileo said that the earth moves」と私が言うとき、私はガリレオが言ったことと同じことを言ってる。すなわち、それは次のように分析できる: 1. ガリレオが「the earth moves」と言ったこと 2. 私が「the earth moves」と言うこと 3. 私が「Galileo said that」(ガリレオはそう言った)と言うことによって、私はガリレオが言ったことと同じことを言っていること。ここにおける「that」は2の私の発言を指示している。それによって、私がガリレオと同じことを発言していることを示している。 そして、このような分析によって、(G)に論理形式を与えることができる。それは、
(ガリレオは、彼の発言では、今私の発言で「地球が動く」が意味していることを意味する文を発話した)
The earth moves. Galileo said that.となる。(G)には、このように「同じことを言っていると報告する文」( Galileo said that )と「内容文」( The earth moves )の二つの文があるのだが、真理が重要である文は「Galileo said that」という同じことを言っていることを報告する方の文である。そして、最初の問題に戻り、「the earth」に同じ外延をもつ「the third planet from the sun」を内容文に代入して見ると、
(地球は動く。ガリレオはそういった)
The third planet from the sun moves. Galileo said that.となる。こうすると、「Galileo said that」は偽かもしれない。しかし、それは、ガリレオの信念によって決定されるのではなく世界との関係によって決定される。つまり、間接話法の文の判定を内包に頼るのではなく外延によって行える。 この真理条件意味論の自然化という試みは、他にも多くの問題があり、時には解決が困難に思われるようなこともある。これは現在においても完全に解決されたわけではない。 --- ## 参考文献 1. エヴニン, S. (著)・宮島昭二(翻訳)、『デイヴィドソン―行為と言語の哲学』、勁草書房、1996
(太陽から第三の惑星は動く。ガリレオはそういった)
First posted 2009/09/05
Last updated 2012/03/15
Last updated 2012/03/15