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# 中世哲学史#4 後期スコラ学 ## 後期スコラ学 14世紀のヨーロッパは、王権の権威の失墜、貨幣経済への移行、ペストの襲来などさまざまな変動に見舞われた混乱の時代だった。また教会から自立して個々人が自ら信仰を模索しはじめ、またそれと期を同じくして各主要都市(ウィーン、プラハ、ケルンなど)に大学が設立された。そういった時代背景もあり、認識と宗教家的経験を一致させる神秘主義が流行し、それを基に実践的な宗教性を追及する「新しき敬虔」(Devotio moderna)と呼ばれる宗教運動が起こった。そして、イタリアではルネサンスが始まろうとしていた。 この時代の哲学は、アラブからの学問的知識から独自の哲学を作り出そうともがいていた。 そして、伝統や神学の影響力は薄まり、神学と哲学は分裂を始めた。 合理主義的な普遍の概念把握よりも経験主義的な直感把握が重視され始め、新たな哲学思想の芽が生まれ始めた。 ### スコトゥス(Duns Scotus, 1266-1308) 彼は神学と哲学の境界線を明確化しようと試みた。トマスは神学を実践的な学問であるとは考えなかったが、スコトゥスは神学を人間を究極的な目的へと導く実践的知であり、それゆえ神学は哲学の上位に位置するとした。なぜなら、哲学の形而上学的神は非人格的なものであり、「流出」によってしか、世界の成立を説明できないが、神学の神は人格神であり神の全能を認識できるからである。彼は思想の緻密さから「精妙博士」(Doctor Subtilis)と呼ばれた。 存在 彼にとっても、人間の第一の知性の対象はアヴィセンナがいうように「存在者としての存在者」だった。 アリストテレスは人間知性の対象は感覚的な対象のみとし、プラトンのイデアのような超越存在の認識を無視した。 またアヴィセンナは原罪(キリスト教の概念)によって直感能力が曇った人間には、超越存在である神の認識は不可能であるとした。 しかしスコトゥスは、人間知性は対象の直感能力をまったく失ったわけではなく、 対象自体は完全な存在であるが、人間の直感能力が曇っているため、本質(共通本性)を明確に直観できない(個物それ自体を完全なものとする見方は当時珍しかった「知性は個を捉える」)。 自由と愛 またスコトゥスは自然と自由意志を、二つの異なった作用原理として分離し、 現代における自然哲学と実践哲学といった根本的な分類分けを行った。 また、彼は自由意志を形而上学的な現実として確保することによって決定論的な還元から保護し、 それによってキリスト教的な救済の業における神の自由と人間の倫理的自由とを擁護した。 スコトゥスにとって自由は愛を目的としており、愛によって意義付けが行われる。 それによって彼は、人間の最高の目的は神への愛であると主張した。 ### オッカム(William Ockham, 1285頃-1329頃) オッカムの剃刀 彼はキリスト教教義から形而上学的思想を切り離し、純化しようとした神学者だった。 そのために、曖昧さを回避する言語理論と正しい推論を規定する論理学を設立した。 それは、「ある事象を説明しうる原因を探求するとき、そのような原因を事象の説明が要求する以上に立てることを禁じる」という思考原理である。 これは「オッカムの剃刀」と呼ばれる思考節約の原理である。 これによって彼はスコラ学に含まれる無用な形而上学的思弁を除去した。 オッカムは形而上学そのものを否定したわけではないが、認識の対象を具体的で感覚的な対象に限定し、それらがもたらす情報を厳密な論理によって取り扱うべきであるとし、理性認識に枠組みを厳密に定義した。 唯名論(Nominalism) また、概念やそれを表現する名前(人間や猫など)は、伝統的な形而上学的観念であるイデアや客観的本質などの心の外にある実在を志向しているのではなく、存在するのは個物のみであり、よって名前が対象としているのもその個物である。しかし、理性は類似した対象物を同じ概念で把握するため、その意味で概念は多数の事物の自然的記号であり、したがって普遍であるといえる。 しかし、普遍はあくまでも概念であって、(古典的なプラトン主義者などの)実在論者(Realists)がいうような客観的個物としては存在しない。 全能の神と倫理 彼の倫理の基礎には神の全能という宗教における基本原則があった。それゆえ神は矛盾を含まない全てを行うことができる。 しかし、もし物事を規定する普遍的本質やイデアが存在したら、神の能力は限定されてしまう。 これがオッカムが古典的形而上学を排除した理由だった。 また倫理においても、客観的な善が存在し我々を規定しているという考えは排除する。 神が自由なように、人間も自由である。 それゆえ神の要求に従うかどうかは、自由な存在である人間に依存する。 --- ## 参考文献 1. 大浦康介ほか (編集)、『哲学を読む―考える愉しみのために』、人文書院、2000 1. 岡崎文明ほか (著)、『西洋哲学史 理性の運命と可能性』、講談社、1997 1. 中川純男ほか (編集)、『中世哲学を学ぶ人のために』、世界思想社、2005 1. リーゼンフーバー, K. (著)・村井則夫(翻訳)、『西洋古代・中世哲学史』、平凡社、2000
First posted 2008/09/26
Last updated 2012/03/19
Last updated 2012/03/19