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# デイヴィドソン「根源的解釈」#2 タルスキの真理理論の応用 ## タルスキの真理理論 前回の6-3の評価点と反省点を踏まえてデイヴィドソンが注目するのがタルスキの真理理論である。この真理理論の特徴は、この理論が対象言語のすべての文Sに関して、T文を含意する<規約T>を要求することである。<規約T>この理論における重要な意味論的概念は「充足」の概念である。もし理論の言語(メタ言語)が十分な集合論を内包しているならば、真理は充足の概念によって明示的に定義されうる。つまり、「充足」という概念を使えば、「私の言語」に言及することなく意味論的構造を与えられる可能性があるのだ。 ## デイヴィドソンの解釈理論(真理理論を応用) タルスキは自然言語の複雑な要因を排除した形式言語を扱った。以下は、自然言語に適用するように修正された真理理論は、解釈理論として用い得る、という主張である。この解釈理論は次の3つの問いに応えることで明確にする: 1. タルスキの真理理論を自然言語に適用することは可能か 2. 解釈者は解釈する言語に関して無知だとした場合、彼にとっても利用可能な証拠によって解釈理論を検証することは可能か。 3. もしその理論が真であると分かったならば、その言語の話し手の発話を解釈することが可能か。
Sは真である⇔P
※ 'S'をSの正準記述で'P'をSの翻訳で置き換えることによって得られる。
## 1. 自然言語に関して真理理論を与えることは可能か タルスキの真理理論におけるT文の際立った特徴は、次の二つ: - T文の特徴1:一つのT文は一つの文の真理条件を述べる - T文の特徴2:その際、当の文自体という資源より豊富な資源は用いられない(資源は同じなため) 異国語については、タルスキの<規約T>のように、「翻訳」という概念が要請される。 ## 自然言語の形式化の試み 自然言語がもつ様々な複雑な特徴を形式化することは難しい。例えば、態度的帰属文や様相などの問題は未だに残されている。一方、前進したと思われる事柄もある。例えば、固有名(T・バージ)、ought(G・ハーマン)、量名辞と比較級(J・ウォーレス)、態度帰属と行為遂行的発話、副詞、出来事、因果的単称言明、引用(デイヴィドソン)、などである。 ## 自然言語の真理理論 自然言語に詳細に真理理論を適用するという仕事は、二つの段階に分かれるだろう: - 段階1:T文の集合を集めて真理定義する段階 - 段階2:一つか一つ以上の残りの文のそれぞれを適応させる段階。 我々は理論の最初の段階が扱う文を、全ての文の論理形式と深い構造を与えるものとして考えることができるだろう。 ## 2. 真理理論は、解釈が始まる前から利用可能であった証拠によって確証されうるか。 真理理論は対象言語の各文に関してT文を生成する、と<規約T>は言う。そのため、真理理論が正しいことを示すために、T文が真であるということを検証すればよい。実行可能な理論は、次のことを公理とする(直接的な検証の範囲を超えたものと見なす): - 公理1. 文をこれよりも短い語(表現)の連結として扱わねばならない。 - 公理2. 充足や指示のような意味論的概念を導入しなければならない。 - 公理3. 系列や系列によって整列させられる対象の存在論に訴えなければならない。 この真理理論はT文の形でテスト可能な結果を含むだけで機能することになり、従って、それらの結果はそのメカニズムに言及を行わないのである。従って真理理論は、先に見た解釈理論に必要な2つの理論を調停する: - **解釈理論に必要な理論1(統語論的構造の解明の要求)** 理論によって文法構造が分節化されねばならないという要求 - **解釈理論に必要な理論2(意味論的構造の解明の要求)** 理論が文に関し述べることだけに基づいて(つまり、私の言語への言及なしで)当の理論がテストされねばならないという要求 根源的解釈においては<規約T>のように翻訳の概念を前提できない。そこで、翻訳と真理の関係を反転させる。つまり、タルスキは「翻訳」を前提として「真理」を定義するが、ここでは「真理」を前提として「翻訳」(そして解釈)の説明を行なう。真理(~は真である)は発話に付与されたりされなかったりする唯一の性質であり、かつ、これは単純な態度を結びつく傾向があるため、根源的解釈においても利用できる。真理と翻訳を反転させた規約Tが次のものである:
<規約T>(反転Ver)この定式化が与えられると、真理理論はT文が真であるという証拠によってテストされる。ここには、解釈理論の生成に必要な「形式的制約」と「経験的制約」が課されている。 ## 信念と意図は証拠にはできない では、解釈の場合、どのような証拠が利用可能か。そうした証拠は、話の手の信念や意図の詳細な記述ではない(反省点5より)。信念と意味の相互依存性は、次の点で明らかである。 - (X)発話者はある文を真と見なす態度は、 - (Y)その文が意味すること(意味)、かつ、(Z)彼が信じていること(信念)に依存する - XはY&Zに依存する 我々は、XとYを知っているならば彼の信念(Z)を推論できる(XとYからZを推論)。彼の信念について十分な情報(つまりZとX)が与えられると、我々はおそらくその意味を推論できる(XとZからYを推論)。だが、根源的解釈は、意味(Y)/信念(Z)についての知識を前提としない証拠を用いなければならない。 ## 証拠=観察可能な信念=真とみなす態度=(X) 意味(Y)/信念(Z)が使えないとするならば、証拠として可能性があるのはある文を真とみなすこと(X)である。(X)もひとつの信念であるが、単純な態度に結びつきやすく(頷きなど)、それは、すべての文に適用可能な唯一の態度で、かつ、複雑な信念ではないため解釈を始める前に解釈者にも理解可能であると前提してよい唯一の態度である。この証拠(X)は、理論を支持するためにどのように用いることができるのだろうか。次のようなT文がある(PはT文の右側で世界状態を意味する)。
Sは真である⇔P
※ただし、'P'は真である任意の文によって置き換えられる。
(T) ∀x∀t(時間tにxによって話された時、Es regnetはドイツ語で真である他方では、次のような形の証拠(X)がある。
⇔tにxの近くで雨が降っている(P))
(E) クルトはドイツ語共同体に属しており、(E)を(T)の真であることの証拠となりうる。しかし、この(E)という個別事例を一般命題である(T)の証拠とした場合、全ての解釈は不可謬になるという問題が生じる。そこで、(T)は全称量化条件文であるから、第一のステップは次のような主張を指示する証拠をもっと集めて帰納的に一般化することでGEという証拠にする。
クルトは土曜日にEs regnetを真とみなす態度をとり(Z)、かつ、
土曜日にクルトの近くで雨が降っている(P)
(GE) ∀x∀t(xはドイツ語共同体に属している→(xはEx regnetをtにおいて真とみなすこれが公的な基準となり不可謬性を回避できる。そのためこの(GE)が解釈理論の最初のステップである。 ## 最良の適合としての解釈理論 当然、誰であれ、自分の近くで雨が降っているかについて誤りうるため(つまり、Zの内容とPが一致しない可能性があるため)、(E)は(GE)や(T)に決定的な証拠となりえない。しかし、我々が求めているのは、「最良の適合」(the best fit)としての解釈理論である。これは形式論的制約と経験的制約を満たすが、ここにおける経験的制約はクルトが真とみなす文を可能な限り最大化すること(文の可能性無限に拡大するのではなくその中でもっとも有りそうな文の可能性を最大化して100%にすること)によって満たされる。 ## 真理条件意味論という前提 以上で、T文の証明の説明は終わる。T文の証明で得られたものは文の意味ではなく、「真理条件」である。真理条件=意味というデイヴィドソンの真理条件意味論は別の論文で述べられており、ここでもこの意味論が前提とされている。従って、T文の証明によって真理条件を得たこの時点で、発話文の意味の理解を成し得たことになるのである。
⇔tにおいてxの近くで雨が降っている(P)))※1
真とみなす態度からT文を証明する## 意味論的構造の解明(『真理と述定』和訳P81参照) 未知の言語のための真理理論を考案する過程は次のように進むだろう。 ### 最初のステップ(論理的真理) 第一に、我々は<規約T>を満足する理論を得るために、我々の論理(一階量化理論)を新しい言語に適合させる最良の方法を探らねばならない。 この場合の証拠は、すべての時と人によっても真もしくは偽とされてるような文の集合(論理的真理)と推論のパターンである。 一階量化理論を適応することで、述語、単称名辞、量化子、結合子および同一性が同定される。また、理論的にはこのステップは論理形式の問題を解決する。 論理的真理&推論パターンという証拠 ↓最良の方法 一階述語論理を未開言語に適用 ↓ 述語、単称名辞、量化子、結合子、同一性が同定される。 これによって規約Tを満足することができる。 ### 第二のステップ(指標性の同定) 第二のステップでは、時には真とされ、時には偽とされる指標詞をもつ文に焦点が合わせられる。このステップは第一のステップと共に、個々の述語を解釈する可能性を制限する。 ### 第三のステップ(残りの文) 最後のステップは、残りの文を扱う。それらの文は、一様な合意がないような文であったり、その真理値が環境の変化に系統だって依存しないような文である。 ## 寛容の原理(信念の固定) 真とみなす態度によるT文の証明という方法は、発話に真理条件を与える。これは
↓
T文の証明によって真理条件が導かれる
↓
真理条件によって発話の意味が判明する
↓
解釈(文の意味と信念の理解)の半分が達成された
「意味の問題の解決に関わる一方で、可能なかぎり信念を一定に保つことによって、信念と意味の相互依存性の問題を解決する、ということが意図されている」。つまり、文の意味とは、それ真理条件であるとする(真理条件意味論)。そうすると、解釈が成立する条件、つまり「意味」と「信念」の理解、の中で残されたのは「信念」のみということになる。 そして、デイヴィドソンは、信念を広範囲な同意(寛容の原理)によって固定する。この手順は、寛容の原理を前提とすることでのみ真とみなす態度(不同意や同意)が理解可能になる、という事実が正当化する。 また、寛容の原理における広範囲な同意とは、解釈する人を合理的であるとすることである。これは前提とすることが許されるだろうし、この前提によって解釈が可能になる。 --- ## 注 ※1 「ドイツ語」と「時間」という表現を無視して(E)、(GE)、(T)を記号化すると次のようになる:
Z(x,y) = xはyを真と見なす
P(x) = xの近くで雨が降っている
T(x,y) = xによって話されたyは真である
e = Es regnetという発話
(E) ∃x(Z(x,e)&P(x))--- ## 参考文献 1. デイヴィドソン, D. (著)・津留竜馬(翻訳)、『真理と述定』、春秋社、2010
(GE) ∀x(Z(x,e)⇔P(x))
(T) ∀x(T(x,e)⇔P(x))
First post 2012/04/09
Last updated 2012/04/09
Last updated 2012/04/09